俺のロシア体験記

ロシア大好き天パブロガー

日本にもロシア人と関われる場をもっと増やした方が良いと思う。

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ロシア人と交流できる場は果たして日本にどのくらいあるのでしょうか??

ロシアには日本人と交流する場があります。ボターニクや去年できたマトリョーシカというグループ。また最近だとロシア経済高等学院でも日本人交流グループができました。このようにロシア(モスクワ)では日本人とロシア人の交流の場が広がっています。

しかし、日本にはまだない。あったとしてもまだまだ少ない。

そう感じます。なので今回はもっと日本にもロシア人と交流する場があってもいいじゃないか!という主張と理由について書いていくことにします。

 

なぜ作りたいのか

ではなぜ僕がロシア人と交流するグループを推しているのか。それにはいくつか理由があります。総じて言えるのは

やはり彼らから学べるものは多い。

そして、

あんなに暖かい民族はなかなかいない。

そう思っているからです。

 

彼らは最初冷たく見えるかもしれない。そんなにニコニコとは微笑まないし。

氷のように見えるかもしれない。でも接しているうちにだんだん、だんだん彼らの姿がみえてきます。氷が少しずつとけていくように。

氷が解けて本当の姿が見えたときこんなに暖かくて親切で心のこもった民族なんだと気づくことができる。それを体感してほしいし、自分自身それを日本でも体感したい。なんか彼らと話しているとホットするのだ。

 

そんな場がほしい。なので、そんな場たしかにほしいなと思ったそこのあなた。

ぜひ、そんな場をつくってください。ロシア人と接してみればその暖かさに気付くと思う。

 

ロシアと日本が出会ったのはいつ頃か

この日本海を挟んですぐ隣の隣人ロシアと日本が出会ったのは江戸時代中期頃

年数にしてまだ200年ほどに過ぎない。

2000年以上長く接してきた中国・朝鮮と比べてもまだまだ新しい隣人。マンションで言えばいわば最近引っ越してきた(住んでいるときづかなかっただけなのだが)お隣さんのようなものだ。

鎖国していた当時の日本では国外へ脱出できないように大きな船をつくることはできませんでした。なので危なっかしい小さな船しか作れませんでした。そのためときどき波にさらわれ異国の地へ漂流するということがあったそうです。そのなかにはロシアに着く人もいました。彼らは、結局ロシア帝国で日本語を教える教師になる人や(イルクーツクに日本人学校ができました)エカチェリーナ2世に謁見する機会を得た人もいました。自分のお国の大名にもあえないような身分の人がいきなりロシアを統治していた皇帝にお会いできたのですから、それほど当時のロシアにすれば日本への関心が強かったのでしょう。

 

さて、ロシアからすればコザックを率いて東へ東へシベリアを制覇していったその先に見つけた三日月のような形をした列島。それが日本でした。ちなみに当時はシベリア鉄道もなかったのでシベリアに食べ物をモスクワから送るのも大変でした。なので、日本から食料を手に入れたいと思い、日本と交易をしようと江戸幕府と交渉しようとしたのだが、、という話は長くなりそうなのでまた別の機会に設けることにします。

 

今これを読んでいる読者の方へ

とにかく言いたかったのはロシアは日本にとって新しい隣人だ。なので正直知らないことが多くてもそこまで不思議ではないかもしれない。でも、だからこそ実際にロシア人とじかに接してみて、彼らの文化・人間性・哲学・感性に触れることは日本人にとっても大きなプラスになる。大きな刺激になると俺は思う。

 

なので、今この文章を読んでいる方。きっとこのページを読んでいるということはおそらく学生時代に何かしらロシアに興味を持ってロシア語を学ばれていた方、もしくは社会人になってから仕事関係でロシアと接する機会をもってからロシアに興味がでてきたかたのどちらかだと推察します。

そして、これは僕のかってな推察ですがひそかに日本にもそういうロシア人と接する場が設けられてもいいのになと思っていたりしませんか?

もし、そうならぜひそんな場をつくってください!ホットできるような日露交流の場を。小さくてもかまわないので。日本にいくつあってもいいと思います。

もしないなら僕がつくります。

もちろん帰ってからになるのでまだ先のことですが。そんな場が欲しいと僕は願います。

さて、もしこの考え方に共感していただけるのであれば、はてぶでもいいですし、ツイッターでのシェアでもいいのでなにかアクションを共に起こしてくれたらうれしいです。

もし今そのような場がないなら創れば良い。

そう思います。